53・10に先立って施設関係の合理化(一部作業の外注、保線区などの統廃合、軌道強化や機械化で13千人削減)があった。
国労は徳沢という中執が交渉を担当していた。
彼の持論は「当局は合理化を提案するなら予めそれに対してどういう待遇改善をするかについてもセットで提案すべきだ。合理化の出来高に応じて昇級昇格数を明らかにするような当局の従来のやり方は呑めない」というものだった。
一見合理的なようだが、その手は桑名の焼き蛤で、いったん表に出した待遇改善の中身を、合理化が進まないからといってひっこめてすむような相手ではなかった。
なんしろ基本が合理化反対、待遇改善の要求なのだから。
職員局内部でいえば、職員課が合理化の交渉をまとめたら給与課が待遇改善の中身を明らかにするという段取りだ。
そういう段取りは組合も腹の中で了解してやってきたのが、従来の経緯だった。
先に待遇改善の内容が明らかになってしまえば、反合理化で燃え上がっている下部組合員を説得して当局の望むような合理化をまとめる歯止めはなくなってしまう、それを当局に要求するのは無理であることは承知していた。
ところが、このときばかりは徳沢中執は、頑強に待遇改善先行を言い張り、それがなければ交渉に入らないと、一歩もひかない。
普通なら後から出ていく給与課が前面に引っ張り出された。
交渉を繰り返していると、焦点は「保線長」という現場職員の格付けを、現行10職群を一般職員の最高位である12職に引き上げろというものであったように記憶する。
徳沢は革同(共産系)であり、施設系統は反共産党の協会向坂派の拠点だから、猛烈な突き上げがあるのと、施設関係の職能組合である全施労の「主文二項」(仲裁裁定で施設職員の黄害対策などを講じることになっていた)の完全実施の要求もあるので、なまなかな妥協はできないという気概もあった。
ネチネチとほんとに厳しい交渉だった。
給与課としては、ここで妥協してしまって、あとは職員課のお手並み拝見の方がどんなに楽かしれないが、それでは職員課の武器を奪うことになる。
石井課長と二人、ふらつきながらも頑張った。
給与課は細長い職員局の一番奥にあって、そこから課長室や会議室に行くときは、職員課や労働課の横を歩いていかねばならない。
すると聞こえよがしに「給与局長がいく」という声が聞こえた。
私が職員局全体に逆らって独立局長のようにふるまっているというのだ。
ふだんは仲良くしている職員課の連中に白い目でみられ、職員局の筆頭課長である労働課長にも、なんとかならないか、と局面打開のために譲歩を求められた(石井課長のところにはいかない)。
何日か徹夜の交渉を繰り返した挙句、私が「保線長の12職群については、今後の交渉の進展に合わせて協議する」のような発言をすることで、なんとか交渉を前に進めることができた。
局外者には、いったいなんのこっちゃ、というような、どうでもいいような発言だが、ゼロ回答で粘りに粘った挙句の発言だから組合側にとっては「大きな前進」と下部に向かって評価して見せることができるのだ。
石井さんには、直前に了解をとりつけ(任せる、といわれた)、労働課長は「ほんとによくやってくれた」と強く手を握り締めるのだった。
国労は徳沢という中執が交渉を担当していた。
彼の持論は「当局は合理化を提案するなら予めそれに対してどういう待遇改善をするかについてもセットで提案すべきだ。合理化の出来高に応じて昇級昇格数を明らかにするような当局の従来のやり方は呑めない」というものだった。
一見合理的なようだが、その手は桑名の焼き蛤で、いったん表に出した待遇改善の中身を、合理化が進まないからといってひっこめてすむような相手ではなかった。
なんしろ基本が合理化反対、待遇改善の要求なのだから。
職員局内部でいえば、職員課が合理化の交渉をまとめたら給与課が待遇改善の中身を明らかにするという段取りだ。
そういう段取りは組合も腹の中で了解してやってきたのが、従来の経緯だった。
先に待遇改善の内容が明らかになってしまえば、反合理化で燃え上がっている下部組合員を説得して当局の望むような合理化をまとめる歯止めはなくなってしまう、それを当局に要求するのは無理であることは承知していた。
ところが、このときばかりは徳沢中執は、頑強に待遇改善先行を言い張り、それがなければ交渉に入らないと、一歩もひかない。
普通なら後から出ていく給与課が前面に引っ張り出された。
交渉を繰り返していると、焦点は「保線長」という現場職員の格付けを、現行10職群を一般職員の最高位である12職に引き上げろというものであったように記憶する。
徳沢は革同(共産系)であり、施設系統は反共産党の協会向坂派の拠点だから、猛烈な突き上げがあるのと、施設関係の職能組合である全施労の「主文二項」(仲裁裁定で施設職員の黄害対策などを講じることになっていた)の完全実施の要求もあるので、なまなかな妥協はできないという気概もあった。
ネチネチとほんとに厳しい交渉だった。
給与課としては、ここで妥協してしまって、あとは職員課のお手並み拝見の方がどんなに楽かしれないが、それでは職員課の武器を奪うことになる。
石井課長と二人、ふらつきながらも頑張った。
給与課は細長い職員局の一番奥にあって、そこから課長室や会議室に行くときは、職員課や労働課の横を歩いていかねばならない。
すると聞こえよがしに「給与局長がいく」という声が聞こえた。
私が職員局全体に逆らって独立局長のようにふるまっているというのだ。
ふだんは仲良くしている職員課の連中に白い目でみられ、職員局の筆頭課長である労働課長にも、なんとかならないか、と局面打開のために譲歩を求められた(石井課長のところにはいかない)。
何日か徹夜の交渉を繰り返した挙句、私が「保線長の12職群については、今後の交渉の進展に合わせて協議する」のような発言をすることで、なんとか交渉を前に進めることができた。
局外者には、いったいなんのこっちゃ、というような、どうでもいいような発言だが、ゼロ回答で粘りに粘った挙句の発言だから組合側にとっては「大きな前進」と下部に向かって評価して見せることができるのだ。
石井さんには、直前に了解をとりつけ(任せる、といわれた)、労働課長は「ほんとによくやってくれた」と強く手を握り締めるのだった。
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