「給与課は組合からも大事にされていいよな」などと冷やかされることもあり、苦しさのあまり目の前の局面打開のために禁じ手である給与課のその場しのぎの対応を望まれることもあったが、概して職員局内の労働課、職員課、給与課の三総括はいつも一体となって交渉にあたった。

組合からの申し入れ、彼らの動向、本社内の職員局に対する声などは、ほとんど三人で共有し対応も相談した。
交渉の途中で、組合となんらかの確認事項を結ぶようなときも、三人で文案を練り走り書きして作り上げた。
交渉決裂しそうなホットな瞬間に、どういうメモを出して火を鎮めるか。
三人でアイデアを出しあい、文章にする私が口述するのを、すばやく読みやすい字が書ける二年先輩・労働課総括の佐野さんが書き留めることが多かった。

総裁と委員長、職員局長と委員長などのトップ交渉の場での双方のやり取りを即座にメモにして同席しなかった人に配布することも多かった。

局長や課長たち相互は必ずしも一本化していなかったが、その間隙を埋めるのが私たち三人だった。
組合幹部に対する根回しも、それぞれがパイプの通じる相手を分担して、結果を知らせ合った。
動労と国労東京は、私が当たることが多かった。

私は現場見習いのときから、何処に行っても「(現場の)管理者一体の原則」ということを聞かされて、それが実は出来の悪い現場長とか筋の悪い管理局の指示を庇うものであったりすることが多いのを目撃して、その「原則」に不信感を持っていた。
そして、「管理者一体」であるべきは、むしろ現場より管理局とか本社であって、タコ壺にいて縦割り保身的な言動をとることこそ、国鉄を悪くしているとも思っていた。

先に書いた施設関係の合理化でのこと。
国労は「拠点出勤手当」というのを新設せよと要求、保線区などで作業するときに本区に出勤してから現場拠点に行くと非能率なので、直接現場拠点に出勤する場合があるのだが、その場合に特別手当を支給せよというのだ。
私が施設局の担当者に、そういう拠点出勤の事例、頻度、格別に必要になると思われる職員の負担などを具体的に教えてくれないと、そういう手当の制度化はできないというと、まったく答えられなかった。
現場の実態も把握せずに、組合の要求だからと、一緒になって要求してくるのだ。

職員局の三人はそういうことなく、三人一体で行こうと思ったし、おおむねそれは実行できたと思う。