なんでJR東日本のエライ人たちは、あんな卑劣なことをしたのだろうか。
なにか特別な状況変化があったなら、せめて私くらいには知らせてくれても良いと思う。
私は、かなり早い段階から、鉄道会館にオフィスビル事業をやらせるつもりはなかったのではないかと推測する。

準備だけは鉄道会館にやらせて、然るべき段階で新会社を立ち上げ、そちらに仕事を移行する。
それまでは、なにも知らせず、やるだけやらせておこう。
鉄道会館の協力がなければ、いろんな面で準備がしにくかったし、そうかといって、準備ができたら、その成果は取り上げるとあからさまにしたら、私を含めて鉄道会館がヘソを曲げて面倒だ。
そんなことではなかったか。

私がJR東日本本社の関連事業本部長をしていたときに、津田沼のホテルメッツの経営を、メッツの創業者である長谷川さんにやってもらうことにしていた(社長以下の同意を得て)のを、住田会長の意向でキャンセルした時に、私は辞めることにした。
特段の事情変更がないのに、そういう方針変更をしていては、関連事業本部長なんてやってられないと思ったのだ。

本社としての方針が変わったなら変わったなりに、その影響をまともに受ける私に、率直に説明して納得までは出来なくても、理解を求めるという努力がなぜできなかったのか。
信頼感の欠如が底流にあると思った。
国鉄であろうが民営化されようが、本社と部下の間に信頼関係が亡くなったら、安全もお客様第一もまっとうできなくなる。

民営化とは、民間会社になることで、民間会社ではトップの意向が全てに優先する。
そもそも平社員が、社長室に一人で飛び込んで議論するなんてとんでもないことで、事業の説明ですら担当常務以上でなければ畏れ多いことだという銀行や商社からの出向者がいた。

田口さん、真鍋さん、吉井さん、川野さん、井手さん、石井さん、橋元さん、、多くの先輩たちは、私の乱暴な物言いを許し、真っ向から議論を受けてくれた。
それが国鉄の美風だと思っていたが、民営化されたJRではそういう振る舞いは容認できないのだ。
ある先輩が「飯を食わせてもらっている会社の悪口をいうべきではない。言いたいなら辞めてからいえ」と親切に忠告してくれた。
会社を大事だと思えばこそ、批判もするのが私たち大学出の使命ではないのか。
大学出の特権階級が国鉄を悪くしたから、JRでは大学出のなかに差をつけず平等に扱うことになった。
といいながら、実際には見る人が見ればエリート候補は背番号をつけられて特別養成されていた。
国鉄との違いは、彼らにエリートとしての使命感が要求されないこと、与えられた命令を忠実に遂行する能力において秀でていることだけが要求されているように見えた。

鉄道会館を去る直前に、「社長表彰はダメだけど」事業創造本部長表彰で我慢してくれ、と云ってきた。
私のブースカ文句垂れの一部に答えて頭をなぜるようなつもりが見え見えで、猛烈に腹が立ったが、社員たちのことを慮って受けることにした。
夏目副社長が来社して、苦虫を嚙み潰したような顔をして、笑顔の私に賞状を授与した。