懐かしい人たちのことをときどき書こう。

会津坂下駅の人たちはみんな懐かしいのだけれど、今回はSさんのこと。
五十になろうかというSさんは、踏切保安係(踏切警手)だった。
小柄で、やせっぽち、いつも笑顔でみんなから「しょうちゃん」と呼ばれていた。
仕事は真面目一本だ。

しょうちゃんが、受験勉強を始めた。
国鉄は上位の職務につくのには試験に通らないとダメなのだ。
筆記試験さえ通れば、日ごろの勤務成績や駅長の推薦も影響するけれど、しょうちゃんはその筆記試験が苦手だった。

試験が苦手だから、ずっとこのまま踏切番でいようと思っていたしょうちゃんの気持ちを変えたのは息子の一言だった。
雨の日も雪の日も、とうちゃんだけが踏切に立っていて、駅長さんや○○君のとうちゃんたちは駅んなかにいるのは、なぜなの?
なんでとうちゃんだけなの?

出札や改札担当になれる運輸係(だったと思う)の試験のために鉄道学園の通信教育を受け始めた。
「わがんねなっし」と頭をかきながら、それでも続けた。
いちばん苦手な英語は近所の中学生に教えてもらったのだ。

筆記試験に情実は効かないとは思ったが、運輸長や局の人事課にしょうちゃんのことを、よろしくと電話はした。
しないではおれなかった。

みんなで駅の草むしりをしていると、駅で留守番をしているAさんが、「駅さ~ん!局から電話!」と叫ぶ。
みんな、駅長さん、ではなくて駅さんと呼ぶのだ。
走って電話を取ると、Sさんが合格したとの知らせだ。
すぐに取って返して「お~い、しょうちゃん合格だぞ~」と怒鳴ると、みんなわっと大騒ぎ、私は胸が熱くなった。

駅長官舎で、しょうちゃんを囲んで大いに飲んで騒いだ。
しょうちゃん、元気かな。