東京地検特捜部生みの親といわれる河井信太郎氏が横浜地検の検事正だった。
彼はいつも「自動車が速度の二乗に比例する衝撃を与える、致命的な乗物であることを念頭に、取り締まりを徹底せよ!」と月に一度の取り締まり状況の報告に交通部長がいくと、直立不動の部長に延々とお説教を食らわした。
私のカウンターパートは地検刑事部の副部長で、温和な人だった。
仕事自体ではあまり印象にのこるやり取りはなく、何回か鎌倉カントリーでゴルフをご一緒したが、とても楽しそうにしておられた。
検事たちに酒を飲んでまっすぐな線の上を歩いてもらって、飲酒運転がどれほど危険なのか実感してもらったこともある。
出勤するとまず昨日の交通事故死者数とその事故の概要の図解が報告された。
大阪、東京、北海道、福岡、兵庫、千葉、神奈川などが死亡事故のワーストを争っていて、日々一喜一憂した。
道路の規制などに問題がありそうなケースでは隣の交通規制課に相談に行くこともあった。
部内の会議は、あまり多くはなかったと記憶している。
暇が出来ると県内の取り締まり現場を廻った。
前にも書いたが、運転士のH君はもっとさぼってもいいのじゃないか、後ろに運転士の分と二組のゴルフ道具を入れている人もいる、といったがそれはしなかった。
しかし夏の甲子園野球のとき、千葉の銚子商業が江川の作新と当たったときは、市内をぐるぐる回りながら中継を聴き、土屋が江川に投げ勝ったときは嬉しかった。
ときどき国鉄の先輩たちが(急に)声をかけてきて「いま伊勢佐木町のどこどこにいるから出てこい」というようなことがあった。
東京南局の貨物課長は東京でご馳走してくれて、国労東京地本企画部長の鈴木司氏を紹介した。
その鈴木さんが、ある日電話してきて、知人が交通違反の切符を切られたので、なんとか助けてもらえないかという。
「取り締まる立場の人間がもらい下げなんてできるわけがないじゃないか」と断った。
それから鈴木さんはなんどか声をかけてきていっしょに伊勢佐木町でのみ、ツーさん、ピンさん(私の通称)と呼び合うようになった。
彼はいつも「自動車が速度の二乗に比例する衝撃を与える、致命的な乗物であることを念頭に、取り締まりを徹底せよ!」と月に一度の取り締まり状況の報告に交通部長がいくと、直立不動の部長に延々とお説教を食らわした。
私のカウンターパートは地検刑事部の副部長で、温和な人だった。
仕事自体ではあまり印象にのこるやり取りはなく、何回か鎌倉カントリーでゴルフをご一緒したが、とても楽しそうにしておられた。
検事たちに酒を飲んでまっすぐな線の上を歩いてもらって、飲酒運転がどれほど危険なのか実感してもらったこともある。
出勤するとまず昨日の交通事故死者数とその事故の概要の図解が報告された。
大阪、東京、北海道、福岡、兵庫、千葉、神奈川などが死亡事故のワーストを争っていて、日々一喜一憂した。
道路の規制などに問題がありそうなケースでは隣の交通規制課に相談に行くこともあった。
部内の会議は、あまり多くはなかったと記憶している。
暇が出来ると県内の取り締まり現場を廻った。
前にも書いたが、運転士のH君はもっとさぼってもいいのじゃないか、後ろに運転士の分と二組のゴルフ道具を入れている人もいる、といったがそれはしなかった。
しかし夏の甲子園野球のとき、千葉の銚子商業が江川の作新と当たったときは、市内をぐるぐる回りながら中継を聴き、土屋が江川に投げ勝ったときは嬉しかった。
ときどき国鉄の先輩たちが(急に)声をかけてきて「いま伊勢佐木町のどこどこにいるから出てこい」というようなことがあった。
東京南局の貨物課長は東京でご馳走してくれて、国労東京地本企画部長の鈴木司氏を紹介した。
その鈴木さんが、ある日電話してきて、知人が交通違反の切符を切られたので、なんとか助けてもらえないかという。
「取り締まる立場の人間がもらい下げなんてできるわけがないじゃないか」と断った。
それから鈴木さんはなんどか声をかけてきていっしょに伊勢佐木町でのみ、ツーさん、ピンさん(私の通称)と呼び合うようになった。