給与課のメンバーは、手当担当と基本給担当がそれぞれ補佐以下4人ほどの島を作っていた。学士の見習いや補佐もいたが、古くからいる人たちは専門的知識をもって私を助けてくれた。
公労委の金子先生の賃金研究所にひとり優秀な男を出向させて勉強させ、連絡役にもしていた。
なにもない日は補佐たちと私は連れ立って八階の社員食堂で昼飯(私は具だくさんの野菜タンメン)を食い、回数券を使ってトマトジュース(みんなはコーヒー)を飲みながら雑談やちょっとした打ち合わせをした。
もっともそれは、一年先輩の前任の総括が「重連」といって私が慣れるまで二頭立てでいたときに引き継いだ習慣で、彼がいなくなると、私は組合幹部から声がかかって、そっちと食事をすることが多くなってしまった。
猛烈に仕事をしたが、遊びもよくした。
土曜日などふっと僕も麻雀をしたくなって声をかけるとだいたいいつも既に面子が出来上がっていて、仲間に入れなかった。
今思うと、それでかなり出費を節約できたのだ、ああ、賭け事音痴の僕はどれだけ無駄な金をつかったことだろう。
徹夜交渉や国会待機(国会議員の質問取りが帰ってくるのを待つ)が続くと、自分たちの出番がくるまで、部屋の前の小会議室で、花札(オイチョカブやコイコイ)、カードやチンチロリンをやった。
もちろん、金をかけて、それは馬鹿にならない負けを背負う人もでた。
仕事をしている人たちに遠慮して、小さな声でやっているうちに、だんだん熱くなってきて、大歓声があがる。
とくにサイコロを丼にふりこむチンチロリンは、高い音が聞こえる。
壁一枚隣が法務課長の部屋だった。
あの、千葉人事課長をしていて当時労働課総括だった井手さんと対立したときに助けてくれた人の後任、やはり法務省キャリア検察官の出向だった。
ある日、労働課長がやってきて、とても遠慮がちに「さっき文書課長から注意された。法務課長が、カードや花札ならともかく、あのチンチロリンの音が聞こえてくると、さすがに職掌柄、黙っているわけにはいかない。あれだけは、、と言われたということだ、な、頼むぞ、そこんとこは」とおっしゃった。
公労委の金子先生の賃金研究所にひとり優秀な男を出向させて勉強させ、連絡役にもしていた。
なにもない日は補佐たちと私は連れ立って八階の社員食堂で昼飯(私は具だくさんの野菜タンメン)を食い、回数券を使ってトマトジュース(みんなはコーヒー)を飲みながら雑談やちょっとした打ち合わせをした。
もっともそれは、一年先輩の前任の総括が「重連」といって私が慣れるまで二頭立てでいたときに引き継いだ習慣で、彼がいなくなると、私は組合幹部から声がかかって、そっちと食事をすることが多くなってしまった。
猛烈に仕事をしたが、遊びもよくした。
土曜日などふっと僕も麻雀をしたくなって声をかけるとだいたいいつも既に面子が出来上がっていて、仲間に入れなかった。
今思うと、それでかなり出費を節約できたのだ、ああ、賭け事音痴の僕はどれだけ無駄な金をつかったことだろう。
徹夜交渉や国会待機(国会議員の質問取りが帰ってくるのを待つ)が続くと、自分たちの出番がくるまで、部屋の前の小会議室で、花札(オイチョカブやコイコイ)、カードやチンチロリンをやった。
もちろん、金をかけて、それは馬鹿にならない負けを背負う人もでた。
仕事をしている人たちに遠慮して、小さな声でやっているうちに、だんだん熱くなってきて、大歓声があがる。
とくにサイコロを丼にふりこむチンチロリンは、高い音が聞こえる。
壁一枚隣が法務課長の部屋だった。
あの、千葉人事課長をしていて当時労働課総括だった井手さんと対立したときに助けてくれた人の後任、やはり法務省キャリア検察官の出向だった。
ある日、労働課長がやってきて、とても遠慮がちに「さっき文書課長から注意された。法務課長が、カードや花札ならともかく、あのチンチロリンの音が聞こえてくると、さすがに職掌柄、黙っているわけにはいかない。あれだけは、、と言われたということだ、な、頼むぞ、そこんとこは」とおっしゃった。