臨海鉄道の社長は、Nさんという大人しい先輩だった。
会社には毎日来られて、社長室でクロスワードをおやりになっていた。
体調も悪いらしく、変わることになった。
次の社長に真鍋洋さんに来て欲しいので、本社に掛け合ってほしいと、プロパーOBのボスたるSさんが私に云う。
真鍋さんは、ずいぶん前に名古屋管理局で営業部長をやったときに、Sさんが仕えてすっかり惚れ込んでいるのだ。
名古屋には多くのファンがいて、真鍋待望論があるのだそうだ。
真鍋さんは、国鉄本社職員局長・常務理事のときにマル生運動敗北の責任者として更迭され、大阪駅ビル社長に出たが大阪財界とうまくいかないことがあって、今は小山駅ビル社長をしているが、、それはあまりにも役不足で本人も不本意のはずだと、どうもかつての真鍋門下生が昔の親分を呼び寄せたいらしい。
そんなことを私ができるとは思わなかったが、どうしても真鍋さんでなくては臨海鉄道はもたないというのだ。
どうすればいい?やはり名古屋で総務部長をしたTさんを仲立ちにしたら良いという。
Tさんなら東京北局人事課長で私の二代前の立派な先輩で、石井さんのあとの職員局給与課長、親しくさせてもらっていた。
SさんといっしょにTさんに会い、真鍋さんを名古屋臨海に来ていただくために力を貸して欲しいと頼んだ。
Tさんは、それじゃ橋元常務に頼んでみよう、というので話をしてもらった。
ハシゲン(橋元)が君にも会いたいというから一席設けてくれとTさんの答えがあった。
Sさん、Tさん、私の三人でハシゲンにあって、真鍋さんをくださいと依頼、彼はそれは了解してくれて、なんだか私の激励をしたかったようだった。
千葉局で仕えた泉局長と田口局長の二人が別々に私のことを過分に褒めたのを聞いて、「あの二人が褒めるのだから」と気にかけてくださっていたようだ。
そんなことで、私は真鍋さんに仕えることになった。
千葉局人事課長の時は、真鍋さんが指揮するマル生に反対していたのに、不思議な縁だった。
名古屋に着任する前にいちど丸の内ホテルで二人で簡単な食事をした。
直感的に温かい、懐の大きな人だと思った。
会社には毎日来られて、社長室でクロスワードをおやりになっていた。
体調も悪いらしく、変わることになった。
次の社長に真鍋洋さんに来て欲しいので、本社に掛け合ってほしいと、プロパーOBのボスたるSさんが私に云う。
真鍋さんは、ずいぶん前に名古屋管理局で営業部長をやったときに、Sさんが仕えてすっかり惚れ込んでいるのだ。
名古屋には多くのファンがいて、真鍋待望論があるのだそうだ。
真鍋さんは、国鉄本社職員局長・常務理事のときにマル生運動敗北の責任者として更迭され、大阪駅ビル社長に出たが大阪財界とうまくいかないことがあって、今は小山駅ビル社長をしているが、、それはあまりにも役不足で本人も不本意のはずだと、どうもかつての真鍋門下生が昔の親分を呼び寄せたいらしい。
そんなことを私ができるとは思わなかったが、どうしても真鍋さんでなくては臨海鉄道はもたないというのだ。
どうすればいい?やはり名古屋で総務部長をしたTさんを仲立ちにしたら良いという。
Tさんなら東京北局人事課長で私の二代前の立派な先輩で、石井さんのあとの職員局給与課長、親しくさせてもらっていた。
SさんといっしょにTさんに会い、真鍋さんを名古屋臨海に来ていただくために力を貸して欲しいと頼んだ。
Tさんは、それじゃ橋元常務に頼んでみよう、というので話をしてもらった。
ハシゲン(橋元)が君にも会いたいというから一席設けてくれとTさんの答えがあった。
Sさん、Tさん、私の三人でハシゲンにあって、真鍋さんをくださいと依頼、彼はそれは了解してくれて、なんだか私の激励をしたかったようだった。
千葉局で仕えた泉局長と田口局長の二人が別々に私のことを過分に褒めたのを聞いて、「あの二人が褒めるのだから」と気にかけてくださっていたようだ。
そんなことで、私は真鍋さんに仕えることになった。
千葉局人事課長の時は、真鍋さんが指揮するマル生に反対していたのに、不思議な縁だった。
名古屋に着任する前にいちど丸の内ホテルで二人で簡単な食事をした。
直感的に温かい、懐の大きな人だと思った。